ところで、1919年から開催されたパリ講和会議には、アラブの有力な指導者であったファイサルも出席していました。そうして、1920年3月には、シリアとイラクの独立が宣言されることになるのです。
しかしながら、アラブ諸国の独立は、簡単には実現しませんでした。それは、連合国が中近東を占領下に置いていたからです。シリアとイランの独立宣言を受けて、連合国は、同年の4月には、サンレモ会議を開催して、シリアをフランス領に、そうして、イラクをイギリスの委任統治領にすることを決定してしまいます。8月に締結されたトルコ帝国との講和会議であるセーブル条約でも、この方針は追認されました。セーブル条約によって、終に、トルコ帝国は、戦前の三分の一まで領域が縮小されることになるのです(トルコ国内でも政変が・・・)。
本当に大変な時代ね、とまあちゃまは、びっくりです。