先住民の問題で、最も問題となるのは、南北アメリカ大陸やオセアニア、さらにはロシアのシベリアなどのケースです。それでは、昨日の記事で挙げた論点から、先住民の独立権について検討してみることにしましょう。
第1に、アメリカ大陸への移住やロシアの東方拡大が始まった17世紀という時代にあって、少なくともヨーロッパにおいては、国家独立や建設は、国際法の範疇にありました(条約による独立承認と国境線の画定・・・)。最初は植民地の形式ではあれ、ヨーロッパ諸国から見ますと、新大陸やシベリアの領地は、”合法的”に獲得されたことになります。ただし、この合法性は、先住民の居住地を、いわば、”無主地”とみなしたことによります。第2に、その当時の先住民の組織形態ですが、これは、北米・ロシアと南米とでは異なっているようです。北米やロシアの先住民は、部族社会を形成し、国家的な組織を築いていませんでしたが、南米の場合には、インカ帝国やアステカ帝国といった国家組織があり、これらは、スペインの征服によって滅亡することになりました。第3に、国家建設や領土拡大の過程で、先住民の人々が追い出され、土地を奪われたケースは少なくありませんでした。第4に、人口構成は、多くの場合、先住民よりも移住者の方が多くなっています(もちろん、先住民の方が多数を占める場合もあります)。パレスチナやコソボとは違って、アメリカ大陸やロシアでは、17世紀の時点で地域間に同時代性が欠けており、このことが、より問題を難しくさせてしまったとは言えそうです。
さてさて、どう考えたらよいものかしら、とまあちゃまは、困惑しかりです。
”第2に、その当時の先住民の組織形態ですが、これは、北米・ロシアと南米とでは異なっているようです。北米やロシアの先住民は、部族社会を形成し、国家的な組織を築いていませんでしたが、南米の場合には、インカ帝国やアステカ帝国といった国家組織があり、これらは、スペインの征服によって滅亡することになりました。”
殺戮集団スペイン人はカリブ海諸国の五つの王国を侵略して王族を処刑しており合法とはいえない。殺戮者達はこれらの王国と条約など結ばず皆殺しにしている。
今のカリブ海諸国で少数のカリブ族しか残っていないのがよい例だ。
もっともかつてのスペイン人殺戮者達は字も読めないほど教育を受けていなかったから猿のような奴らに条約概念が有るのかは不明です
。
投稿情報: | 2008年8 月24日 (日) 23:51
コメントをいただきまして、ありがとうございました。
本記事では、スペイン人による数々の侵略行為に合法性があるということを主張しているのではなく、”新大陸”が国際法上において”無主地”とされていたということを述べたかったのです。しかも、1493年の教皇による分割線、1494年のトリデシリャス条約、および、1519年のサラゴサ条約によって、世界はスペインとポルトガルとの間で分割されていました。
この問題については、どうか、続きの記事も読んでみてください。
投稿情報: まあちゃま | 2008年8 月25日 (月) 10:45