昨日は、日本書紀の編年は、踰年称元法が用いられていることをお話しました。
ところで、この踰年称元法には、2つのパターンがあります。
先帝の崩年を「A年」としますと、踰年称元法では、次帝の元年は「A+1年」ですが(踰年称元法パターン1)、史実として、「A年」において、次帝にまつわる重要な歴史的事件が発生していた場合もあったかと思います。
このような場合には、次帝の元年を「A年」として、先帝の末年を「A-1年」として、編年したと考えられるのです(踰年称元法パターン2)。
史実は、当年称元法のとおり、「先帝の崩年=A年=次帝の即位年」であったはずですので、史実としての先帝の崩年に従ったのが踰年称元法パターン1、史実としての次帝の即位年に従ったのが踰年称元法パターン2であることになります。
少し難しいかもしれませんが、日本書紀の編年の法則として、踰年称元法パターン1と踰年称元法パターン2があることは、日本書紀の特徴です。
続きは明日ね♡
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