さて、イスラム原理主義の台頭について述べてきましたが、その一方で、レバノンを追われ、チュニジアに逃れたPLOはどのようになったのでしょうか。
相次ぐ撤退を余儀なくされたPLOは、80年代後半から、イスラエルとの平和共存路線へと方向を転換することになります。このことは、PLOが、イスラエルの存在を認めたことを意味することになります。結成以来、イスラエルの存在を抹殺することを目標に掲げてきたわけですから、180度の方向転換であったわけです。
ここに、イスラエルとパレスチナとの共存の道がようやく開かれたのね、とまあちゃまは、両者の行く先に注目するのでした。
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