人質を取るなどと言うことは最も忌まわしい犯罪である。それを国家ぐるみで行うのであるから,もう近代国家とは中国は言えない。大林組の社員が船長の釈放と共に行われ、今回も中国漁船の突入のヴィデオを公開しないと政府が言った途端に最後の一人が釈放されるは偶然ではない。政府は、これまた中共政府と裏取引をしていることも明らかである。これが開かれた政府のすることであろうか。中共文化と歩調を合わせることなどすべきではない。
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外宮、内宮とお伊勢参りをして参った。平日で炎天下だというのにその参拝客の多さには驚かされた。国の将来に対して、不安を感じていたが、これで安心仕った。伊勢神宮は国の援助が無くても,国民が支えて行くことを確信した。
川上音二郎が欧米を回ったとき、オランダを人悪し、国悪しと評したという。商売の国であり、ダッチカウントという言葉があるから肯ける。ヨーロッパ人の間では、スイス人も人悪しに入るらし・い。どんな怪しげな金でも預かるスイス銀行を見ればこれも肯ける。国の景色は綺麗ではあるが。我国の周りを見渡しても人悪し、国悪しの国は三国ばかりある。一つは北方の熊であるからこれは人でないからしょうがない。もう一国は明らかに国悪しである。半島はこの頃の行いを見ても分かる通り人悪し、国悪しの典型的な例であろう。
戦争もしていないのに戦後賠償だの、植民地でもないのに植民地支配を謝れだの、隣国は何かと訳の分からぬことを言っているようじゃ。我国は苦難の末近代化を果たし列強と伍せるようになったのは歴史が示す通りである。その目がアジアに向かい、アジアも近代化しなければ西欧の植民地交代を脱することは出来なし、我国の安全にも関わる問題であった。半島を清国より独立させ、更に近代化を求めたのは当然の成り行きである。当時半島は清国の属国を良しとし、儒教政治の悲惨な状態にあったのはこれまた歴史書の示すことである。情けを掛け、温情を与えることが恨みを買う基であるのも古今の識者が示す通りである。幸い、半島は近代化の途上につき、我国は干渉する必要が無くあったのであるから、彼の国とは没交渉でありたいものである。なるべく離れているのが最上の策である。
商品の販売などに出てくる人たちと言えば、曾てはチンドン屋かサンドイッチマンである。職に貴賤はないと言っても、決して文化に貢献するような職ではない。しかし、今では芸術家と言われる人たちから芸能人・スポーツマンまで、自分の職とは関係なくテレビなどに顔を晒してコマーシャルに出て、金儲けをしている。しかも、その額が勲章のような感覚である。自分の職に対するプライドと云うものがないのだろうか?このようなことをして恥ずかしくないのだろうか?確かに今の日本人には自分の職に対する誇りというものは失われているようであるが、金が第一で良いのであろうか。気品というものも必要と思われるが!
日本人の議論嫌い、議論下手は定評のあるところである。議論というと相手を攻撃し,負けると人格が否定されたような感覚を持つらしい。しかし、議論は互いの知識の啓発するところにある。互いの知識の足りないところを補い合うところにあるべきである。しかし、最も議論すべき政治家が議論を避けて、独裁的手法を好むのは問題である。至近の例の、「郵政改正」問題でも、議論が行われたとは思われない。郵政民営化は圧倒的多数で国民の支持を得た案件である。それに欠陥があるとしても十分に議論を尽くすべきであろう。その他、民主党が出してきたマニフェストによる議案が十分に議論されことはなかった。議論を避けると独裁になる。
昔から、郷に入れば,郷に従えと言う言葉がある。これが、地域の安定に大切なことでもあろう。しかし、すぐに異文化がその地を活性化するという反論を言う人たちがいる。しかし、異文化を持って流入してきた人たちが、その地域忠誠を誓っているかどうかと言うことになると話が別である。異民族、異文化のあるまりの象徴のような国、米国でも米国人で限り、米国に忠誠を誓いその象徴としての国旗に敬意を払うことにより,国が纏まっている。最近、オランダやフランスでも移民への目が厳しい。夫れは、その国の文化を破壊するのではないかとの危機感の表れであろう。反国家では受け入れることが出来ない。我国でも左翼と言われる政治家が移民系の人が多いようであるが、その人たちの意識がどちらの国を向いているかが問題である。少なくとも、日本籍の政治家なら、日本国国旗には敬意を払うべきである。心は形に表れ、形は心に影響を与える。
地球が二酸化炭素に覆われていた頃、植物が生まれそれを酸素に変えて今日があるという。二酸化炭素が温暖化の原因とは思わないが、炭素の使用を減らすことには賛成である。そのためには,植林が現実に二酸化炭素を減少してくれる。炭素の使用権などと言うガスの減少に役立たない,政治的・商売的政策より遙かに良い政策である。まずは、大金持ちの国中国に持てるお金を使って大規模な植林事業をして貰いたいものである。砂漠が毎日北京に迫っていることを考えれば中国にとっても価値のあるプロジェクトと思うが。
民主主義では多数決で物事が決まる。それを良いことにして、多数派が、排他・独裁を行う例が増えてきているようである。これではぐ逆に民主主義の崩壊に繋がる。古くは,ナチスは多数派になったとたんに他派を排除して独裁政権を樹立した。今の我国の民主党もおよそ不合理な政策を独裁的に平気で行っている。そこには道理というものがない。政党ばかりではなく、学会などでもおる派閥が多数派となると,それに反する意見や,独創的の考えを排除し始めうる例が多いように思える。これでは学会に名に恥じる。勿論ある宗教もそう名乗っているが。環境関係の学会で、地球温暖化に異を唱える論文が排除されていだろうか?多数派を作って他を排除することは恥ずべき行為である。
公安委員長に政党人が就任しているが、これは問題である。政治と利害のある人間が公安委員長として我国の公安を左右するのは,民衆主義国家の根幹を揺るがしかねない。党派を超えた政治と直接関係ない,誰でも妥当と思える人事が行えるように改革すべきである。かって、野中氏その他の人たちのように問題を抱える人物が就任していたが、我国の安寧に陰で影響を与えなかったかも調査する必要があろう。