太古から多くの民族が住み着いたと考えられるが、 限られた一括りの島の中で暮しているうちに均一化され固有の文化風習が形成された日本と違い大陸国家と云うものは国民意識に一貫性がるものだろうか。そこでは多くの民族が襲来し駆逐しあい、あるいは住み着き、支配しあうような土地に住んでいる人たちは多分に日本人とは違った国家観を持っているに違いない。例えば、支那大陸では入れ替わり立ち替わり異民族の集団が支配してきているが、丁度貸家に人が変わり変わりに住むようでは我が屋と云う意識は出てくるのだろうか?一貫した歴史と云うものを感じることができるのであろうか?近くは満州民族の清が支配し、その後は入れ替わり立ち替わり軍閥が支配し現在に至っている。しかし、頭が変わっても一般大衆はあまり変わっていないのではないだろうか?こう云う国と付き合うのは大変なことであるとつくづく思う。半島に至っては土地と住んでいる人を分けて歴史を考えなくてはいけないだろう。そうしないと、我が国と半島との関係を正しく見ることができなくなる。
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