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選挙で、全国区と云うものは両刃の刃である。旨く行けば地元密着型ではない、広い見識のある人物を選出sることが出来る。所が、現実にはただ世に名が知られているだけの、芸能人や運動選手などおよそ政治などを勉強などしてこなかった人物が政党の後押しだけで当選してしまう。投票者はおもしろ半分で投票するのであろうが、これでは我国の政治を歪めてしまう。議会が人気投票の場化して締まりのないものになっている。谷某なる柔道選手が民主党、いや小沢の推薦で立候補するらしいが、彼女が政治に対する優れた見識を持っているのかは疑問である。議員になってもオリンピックに出ると云っているようであるが、これはオリンピックに対しても、我国に対しても裏切り行為である。
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鳩山首相は何年も政治に関わり、国のあり方を考えていたと思われていたが、蓋を開ければ海兵隊が抑止力になっていることも知らなかったらしい。そうすると、9条があれば戦争は起こらず,平和に暮らせると思っている人たちは矢張り軍事力による抑止力を知らないと考えて良さそうである。ある物理学者は、法則があれば自然はそれに従うとでも思っているようであるが、呑気なものである。
普天間の安全のためという言葉が使われているが、基地があって不安になるのは訓練等による事故である。外国の兵隊が攻め込んでくるのを防ぐには,基地の持つ抑止力が必要である。基地は普天間の真の安全のための施設であると言うことに対して沖縄の人々はどう考えているのだろうか。太平洋戦争で日本軍が弱かったから沖縄が戦場になったのであり、日本軍が強ければ戦場になることはなかった。台湾も軍事的抑止力があったので、今日まで共産政権に占拠され悲惨な状態蜷ることはなかったと云う現実を見るべきである。しかし、馬政権の下では少し怪しくなりつつあるが!
地球が二酸化炭素に覆われていた頃、植物が生まれそれを酸素に変えて今日があるという。二酸化炭素が温暖化の原因とは思わないが、炭素の使用を減らすことには賛成である。そのためには,植林が現実に二酸化炭素を減少してくれる。炭素の使用権などと言うガスの減少に役立たない,政治的・商売的政策より遙かに良い政策である。まずは、大金持ちの国中国に持てるお金を使って大規模な植林事業をして貰いたいものである。砂漠が毎日北京に迫っていることを考えれば中国にとっても価値のあるプロジェクトと思うが。
現在の日本国憲法は戦勝国が、日本のあって欲しい体制を決めたものであることは火を見るより明らかだある。本来なら、サンフランシスコ条約のすぐ後に我国の本来のあるべき姿を定めたものにするべきであった。これをしなかったのは歴代の政府や国民の不作為の罪である。今の憲法の前提である、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」などとあるが、何処に公正と信義のある国が、少なくとも我国の近辺にあるというのだろうか。勿論憲法制定の時点では支那大陸はまだ共産国ではなかったが。九条などは外国が日本占領し易くするための条項である。外国勢力と結びついている勢力には極めて便利な条項であるが、そのような勢力の跋扈は許してはならない。その手、各条項は総て安普請であり、非論理的なものが多い。すぐさま改訂を行うべきである。断っておくが、明治憲法に帰ればよいとは考えていない。